自給自足、循環型の暮らしを目指す音楽家であり、農夫でもあり猟師でもある小濱達郎のブログ

京都府南丹市八木町にて循環型の暮らしを目指す、農夫であり猟師でもあるシンガーソングライターのブログ

放射能副読本のこと その後

 4月26日に、南丹市教育委員会

放射能副読本の回収を訴えにいきました。

 

 書いてある内容がすべて間違っている

というわけではないのですが、

放射能はこわくないよ、

福島の原発事故は起きたけど、

もう大丈夫というような方向付けが

されていると感じたからです。

 

 先日、そのことで

回答がありました。

 

お二人で対応してくださいました。

 

 まず、

僕自身の訴えをもう一度

聞いていただきました。

 

 そのあとにお話しして

いただきました。

 

 結論から言うと、

回収までにはいたりませんでした。

 

 でも、誠実に

対応してくださって、

ありがたかったです。

 

 4月末のぼくの訴えがあって、

その後、放射能副読本のことについて、

色々と調べてくださっていました。

 

 まず、

この放射能副読本は、

国の文部科学省から、

直接学校へ送られるものだということです。

 

 そして、

教育委員会としては、

防災などの授業の中で教材として、

あくまで一助になればということ

だったそうです。

 

 内容についても、

独自に調べてくださっていました。

 

 福島への風評被害を減らすため、

福島への帰還を促すため、

そういった意図があっての

内容になっているということでした。

 

 ただ、内容については、

小学生で理解するには少し難しい部分も多いし、

あくまで、理解の一助になれば、

ということのようでした。

 

 市内の小学校では、

福島や宮城で実際に被災された方の

講演会があったようで、

その内容については僕も知りませんが、

そういった取り組みもあるとのことでした。

 

 実際に、授業でどのように

この教材が使われていくのかは、

それぞれの学校の校長先生の考えや、

授業を担当する先生に任されているようです。

 

 子どもたちには、

正しい知識を得てもらいたいということも

おっしゃっていました。

 

 約20分間くらいでしょうか、

実際に僕自身が意見を伝えて、

それに対して、誠実に対応して

回答してくださったことは、

ありがたかったです。

 

 僕自身も、

実際に福島にいって、

現実を直視しているわけではないので、

本当のところ、わからないことだらけではあります。

 

 でも、

自然界にもともと存在する放射能と、

原発や核実験などで人工的に放出される放射能は、

おなじ土俵で比べるものではないし、

少しだったら放射能を浴びても大丈夫ということは、

おかしいと思っています。

内部被ばくということもあるし、

特に子どもたちは、なるべく

放射能を浴びない方がよいことは

間違いないことだと思っています。

 

 また、

風評被害という意味は、

ありもしないことを、あるものと

思われて、要するに誤解されている

ということだと理解しているのですが、

本当に風評被害なのか?どうなのか。

ということ。

 

 キノコ類や、山菜類など、

現時点でも高い数値がでているものも

あるようだし、確かに福島県産というだけで、

一律汚染されているということは、ないと思う。

放射性物質が降り注いだ場所は、その時の

風向きなどによっても、異なるようだし、

大丈夫な場所があることには違いないと思う。

 

 でも、大丈夫じゃないところも

あるのは事実らしい。

事故が起きる前と比較すると、

事故後は、やはり放射能の線量は高いところが

あるらしいから。

 

 このあたりも、

実際に、自分の目で確かめたわけじゃないから、

何とももどかしいところはある。

 

 正しい知識を得ること、

その「正しさ」って、いったい何なのでしょうか。

 

 ある人によっては、

同じ現象が、「正しかったり」

「正しくなかったり」するから。

 

 自分自身が

身体で味わった感覚こそが、

ある意味、唯一の「正しさ」なのかなとも

思います。

 

 とはいえ、

全部自分で体験することなんて

出来るわけないし、できれば

したくない体験だってたくさんある。

 

 だから、

歴史に学び、反省し、

勉強していくんだと思う。

 

 自分は何を信じて、

どう行動していくのか。

 

 色んな意見の人がいるのは

当然のこと。

 

 その中で、自分はどう考えて

いくのか、小さな失敗を繰り返しながら、

よりよいものを目指していける力を

培っていくことが、

教育に求められることなんじゃないかなと

思います。

 

 押しつけの答えは要らない。